黒田寛一の哲学をわがものに その2の2

 「死んで生きる」とは、黒田においてあらためて如何なるものであるのか?

 『戦後主体性論ノート』において黒田が、「「梅本理論」の問題——それは、一昨年の終わりから常に僕に迫り来った問題であり、梅本氏の問題を僕自身の問題として受けとめ、自己の無能を充分自覚しながらも格闘してきた……。 だが結局において梅本理論を克服しえないことを、ここまで書いてきて、あらためてはっきりと自覚せしめられ、絶望とそれにともなう寂莫にいかんともなしがたく、孤独の悲哀と苦悩を、このあかるいはずの新年の初頭に痛感するのみなのだ。」と書き記したのは、1950年1月5日のことである。

 その梅本理論の核心点はいかなるものであるのか? 以下の引用に、その核心が如実に言い表されていると思う。

 

 「……かれ(筆者注:フォイエルバッハ)はいう。

「人間は意識されない根底の上に、意識をもって立っている。人間は自分自身の家の中で一個の他所者(よそ者)なのだ。人間はある眩むような高所の先端におかれている——かれの下にははかるべからざる深淵がある。」(『遺された箴言』 岩波文庫ヘーゲル批判81頁)

 しかし、その方法のいかなる貧しさにもかかわらず、かれの唯物論がのこした命題、ならびに、物質の中に一つの深淵を見たかれの直観の底には、いっさいの俗流唯物者、客観主義者を凌駕するものがあったことはたしかである。この深淵をつらぬくものをみずからの主体とすることができたとき、人間は星辰をつぬく法則につらぬかれて、歴史のなかに自らの生死の問題を解決するであろう。存在の問題が一つの実践的な問題となり、生死の問題となるためには、この深淵があきらかにされねばならなぬ。宗教の根本批判もそこで完了するのである。」(梅本克己『人間論』P82~P83 「のこされた課題——深淵としての物質」)

 

 そして黒田は梅本理論について、以下のようにまとめている。

 「純粋思惟が自覚の底にひらく空虚な理論的空間」(「二 唯物論と自覚の問題」)に決意が座を占め「この決意によって、超越の空間が超越者となり絶対否定性が実在になり、非理性的なものが理性的となる」(同上)わけであるが、この「空虚な理論的空間」という思惟の抽象を絶対化して非連続的なものととして、非合理的なものとして固定化することによって、「無」を「無底」なる内面性としての自己を設定するのは、観念論の抽象以外のなにものでもないことは明らかである」「観念論の自覚のそれを追求する方向を示唆した梅本氏の問題提起の核心である。」(『戦後主体性論ノート』 二七 「自覚の論理」の問題・覚え書P402 )

 

 このような梅本の主張の核心点を黒田は、「この理論的空間とは、一口に言うならば非理性的なもの、非合理的なものであるということができよう。このような非合理的なものは有限的人間には常に付きまとう当然の「空虚」であ」る、と受けとめ、「自覚の論理は主体の意志・判断・実践にかかわる問題であるがゆえに、弁証法唯物論の判断論や実践の論理がいまだ空隙として残存せしめられている」、ととらえている。

 「死んで生きる」とは哲学における宗教批判であり、「無の哲学」の批判であり、なによりも黒田自身の主体性のありかを追求することである。

 実際に黒田は、現実的な「死の問題」が、そしてその「宗教的・哲学的問題」が、〈死んで生きる〉ということとして、「生きることの核心でなければならない」という。このような生きることを可能たらしめることが、「「死んで生きる」という決意を固めることによってであり、生きようとする意志を、無目的な目的意識性をみずからの内に決意的にうちかためることによってであろう。だがこの決意はいかにしてうちから湧きあがってくるのであろうか。それは湧きあがらせるのでなければならない」(『実践と場所』第一巻 P201)という。このような黒田における「場所の哲学」(『読書のしかた』「終わりの始めに」を参照)によってしか「空隙」は満たされないものなのであろう。

 事実、黒田によって宗教批判は深められ、「実践の弁証法」は明らかになった。

             つづく