気候変動について(5) 二酸化炭素地球温暖化への「懐疑派・否定派」の主張

二酸化炭素地球温暖化への「懐疑派・否定派」の主張に貫かれているもの

 彼らの主張は現実肯定主義、まったくその通りである。「懐疑派・否定派」の主張に貫かれているものは、化石原料の使用によって“人間社会が目覚ましく(経済的)発展„してきたこと。とりわけ、石油が内燃機関の発明と石油を原料としてきた諸製品が今日の経済社会をつくり出してきたこと。このことを肯定し、そのうえでの論議である。それは、マルクス主義者ではない彼らにとって当然のことではある。「懐疑派・否定派」の人々は、環境NGOやエコロジストの主張する、二酸化炭素を排出ゼロにせよという主張は「20世紀文明」の否定と感覚するのであろう。

 餓死線上に落とし込められている労働者への資本家による搾取と収奪の上に成り立った、現代先進国の「生活水準」を基準にし、発展途上国が先進国並みの「生活水準」になることを対置し、来るべきエネルギー問題に備えよ、社会的資源をそちらに回せというのである。 現実肯定主義そのものである。現代の科学・技術の否定面、すなわち階級性を、現代社会の、飢餓、貧困、エネルギー不足などの根源を明らかにしその解決するという現実変革的立場など微塵もない。

「懐疑派・否定派」とレッテルを張られている科学者達は現在地球が温暖化している、あるいは寒冷化している、というそれぞれの事実認識に基づいての科学的分析から今ある気候変動は自然現象だ、と考えている。電脳疎外の典型ともいえる、二酸化炭素地球温暖化論者の狂信的な主張に対して、古気候学の数々の気候変動にかんする指標をしめし、宇宙惑星としての地球を科学する研究者の気候変動に関する理論を対置する態度は、光るものがある。

 だが、その結論は「環境破壊」ではなく、環境の変化―人間にとって有益な、あるいは生存を脅かす厳しい環境になる、としてしまう。だから、科学者、政府の対策は二酸化炭素排出削減にではなく、エネルギー開発、飢餓・食物対策などに回すべきことを対置することになる。これもまた、なにも解決しない現実肯定主義からの発想に基づいている。

 これだけ科学・技術が発展してきているのに、エネルギー問題、貧困・食料不足などがなぜに引き起こされているのか? 決して掘り下げようとはしない。その根拠を帝国主義ブルジョアジーや国家資本主義ブルジョアジーによる利潤追求によって引き起こされていること、ブルジョアジーの搾取をこそが、本質的な問題であることを明らかにし、解決することこそが問題なのである。 2020.1.13