【47】黒田哲学をわがものに4-3

黒田寛一の哲学を哲学をわがものに4-3

 

 真弓海斗が書いた『プロレタリア的聖人君子づくり主義の克服』とういう文章は、黒田が主張していた「共産主義的人間への変革」に対する探究派のLFづくりというアングルでの黒田批判である。その文章の中で露呈したのが、松代による自己変革=自己否定の立場を向上心と規定したところの「目を内に向けること」「自己凝視すること」、哲学することを投げ捨てた、実に楽な自己変革論である。黒田の主張は、LFづくりという際にオルグが失敗するというだけでなく、労働者(学生)を我が組織へ組織化する上で、わが組織の中での対他関係を破壊してしまう、という重大な問題があるということを述べているのだ。

 つまり、これらのさまざまな諸傾向のゆえに対他関係がうまくつくれない、ということは、「親分子分関係づくり」とはウラハラの関係にあると、黒田はとらえかえしているのだ。

 

 何故、松代は「目を内に向けること」を忌み嫌うのであろうか?

 

 「組織内の関係づくりは、ブルジョア社会における対他関係をアウフヘーベンしたものとして創造しなくてはならん」と黒田は述べている。まさにその通りである。ブルジョワ政党は言うに及ばず、スターリン主義党のような官僚主義とは無縁な前衛党をわれわれはめざしているのだから。

 私は、この黒田の述べていることの中に核心があると思う。

 なぜなら、革命的前衛党は、上命下服・上意下達の官僚主義的組織をのりこえて創造してゆかねばならないからである。不断にマルクス主義者たらんとして、日常的な考え方、常識人的な考え方から脱却すること、その「常識人的な考え方を、哲学的省察を通じて克服すること」がめざされなければならないのである。それなしには、「形態的にはピラミッドをなすのであるが、本質的には上下も左右もはっきりしない球体をなすのであり、実体的には板状をなす」組織を創りだすことはできないからだ。

 

 「共産主義者としての生き方とは何か、共産主義者としてなくてはならぬ資質とは何か、をめぐって話し合い、自己の内なる小ブルジョア的なもの、自尊心の塊であるとか、引っ込み思案であるとか、ケチな競争心があるとか、てめえでは努力しねえですぐに他人がうらやましくなるとか、てめえでは手をこまねいているくせに‶一発かましてやろう〟なんて山師根性がぬけねえとか、…… すぐに僻んだり、恨んだり、すねたり、蹴飛ばしたり、へらへらしてごまかしたり、…… 失敗したり誤りを犯したりした時に、これを薄めて仲間に報告したり隠蔽したりする癖、あるいは嘘をつく癖があるとか……。さらにオッチョコチョイ・いい加減・グズ・のろま・なまけ癖というような性格」、「こういう否定的な性向があるとするならば、そういう性向をその都度なおしてゆくべきなのだ、仲間たちの注意や忠告や意見に謙虚に耳を傾けてな」と黒田は同志たちに訴えている。このような「性格とか性向」に加えて、黒田は、クリスチャン的地金・ヒューマニスト的地金・ニヒリスト的地金・任侠気質的地金などさらに難しい「内なる地金」をも自己変革してゆくことを力説している。

 

 特に黒田は、組織指導部の問題に焦点を絞って、性向、性格、地金を変革することの重要性を述べている。

 「よほど指導するもの自身の質が高まらないと、うまくゆかん」「常識人的なものを残していたり、俗人的生活スタイルをのこしていたりするならば、… 組織そのものの質が低下してしまう。」

 「……運動=組織づくり以前的のことに目をむけてこれを凝視しないかぎり、そして組織的=実践的に諸欠陥を克服してゆかぬかぎり、われわれは強化されないし、前衛党組織の拡大路強化は、勝ち取れないのだ。」

 「革マル派」指導部の一人ひとりの性格、性向・地金を自己変革し、自由闊達な論議を展開し、生き生きとした組織の生動性を確保し、組織をあらゆる意味に於いても官僚主義的疎外を防ごうとしているということである。

 1971年以降から「共産主義者としての資質」の問題を指導的メンバーとしてなりうるメンバーにおいて論議を開始しているのである。にもかかわらず、『革マル派の五十年の軌跡』おいて「組織そのものの内側からのしずかな内部崩壊が準備される」ことへの危機感に満ち満ちた文章が展開されている。上記に紹介した黒田の言う「性格、性向」「地金」が党内において現実的に表れている。このような「革マル派」の内部に忍び寄る「官僚主義」化を黒田は、「実践論以前」「組織論以前」の問題にまで掘り下げ自己変革をうながしているのだ。

 黒田は言う。「『アントロポロギー』で描かれている諸々の欠陥はわが同志たちの欠陥なのであって、これらを克服することなしには革命的共産主義者の一歩手前にちかづけないのである」と。(『革マル派の五十年の軌跡』第三巻)

 そして、「反スターリン主義運動の独自性、それは主体性論あるいは実践論を基礎にしている」(黒田著『組織論の探求』)ということを識っていても、その「合理主義」を克服することができないで「革命的共産主義者の一歩手前に近づけない」ことを弾劾されていたのが、ほかならぬ松代なのである。いや、彼の性癖や習慣などを超えた、「ブルジョア社会において生活し生存することを通じて形成され沈殿してきた人間性にかかわる諸欠陥」「共産主義者的倫理の蒸発ならぬ、人格未形成のゆえの倫理の喪失」という「組織内闘争の責任」を超えた問題、「組織内思想闘争にとっての壁を突破しつつ内部闘争を続行」を黒田は目指したのであるが、この内部闘争から脱落したのが松代なのである。彼は相変わらず今日においても、居直り、逆に黒田の主張する「共産主義的人間へと自己変革する」ことを否定しているのだ。

 

 黒田の著作を「羅針盤」と言いなし、「羅針盤」の指し示す方向に船をこぐ船頭へと自らを貶めた「革マル派」官僚は論外である。

 

 われわれはあくまで黒田の哲学をわがものとし、プロレタリアートの自己解放をめざし闘ってゆこう!!

 

    2024.07.15